『雪沼とその周辺』堀江敏幸
- 作者: 堀江敏幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/07/30
- メディア: 文庫
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都会から離れ、人の往来も少ない田舎町雪沼とその周辺で暮らす人々の静かな日常。物質的には決して豊かとはいえない。けれど、彼らは雪沼の生活や仕事にやさしい愛着と確かな誇りを持っている。僕にはそれはとても満ち足りた生活に見えるのだ。豊かとは一体何なのか。文明の最先端の技術の恩恵を受けることが幸福といえるのか。この小説に満ちているあふれんばかりの古道具に対する愛情や雪沼の人々を眺める堀江さんの暖かい視線に触れるとそのことがよく分からなくなってくる。
単純な利害ですべてが語られがちな現代で、時代に流されない堀江敏幸の文章は安らぎを与えてくれる。暗いニュースが吹きすさぶ嵐のような今だからこそ、一度立ち止まって彼の美文に浴してみるべきなのかもしれない。
単純な構造こそ、修理を確実に、言葉を確実にしてくれるのだ。
『卵の緒』瀬尾まいこ
- 作者: 瀬尾まいこ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/06/28
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『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹
砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない―A Lollypop or A Bullet
- 作者: 桜庭一樹
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2007/03
- メディア: 単行本
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『砂漠』伊坂幸太郎
- 作者: 伊坂幸太郎
- 出版社/メーカー: 実業之日本社
- 発売日: 2008/08/01
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これはいい青春小説。小説の舞台に大学を選んだのが良かったと思う。伊坂ワールドの高校生は生意気で変に達観しててすごくいらいらさせられそうだし。伊坂幸太郎の小説の根底にある体温と大学生活というものの温度が近似していたのが、この小説の完成度を高める要因になっている。
高校は、もう高校生というだけですでにひとつのイベントなのであって、本人は何もしてないつもりでも人格形成に多大な影響を与えられている。机に突っ伏しての居眠りも、窓からぼぉーと眺める校庭も自転車の帰り道も無意味に見えてすべてに意味がある。それに比べて大学生活は本質的に茫漠としていて空虚だ。充実したキャンパスライフとは、その空っぽの空間にどれだけ物を詰め込んで空虚を忘れられるかということでしかない。馬鹿騒ぎのお祭りに興じながらも根っこの部分ではどこか冷めている感覚が大学生活にはある。『砂漠』は、その空気をうまく醸し出せてるなーと思った。西嶋の青臭さも高校生の中二病とはちょっと違う。通用しないことを知りつつもだからこそあえて言う確信犯的な青臭さなんだよな。社会という砂漠への旅立ち前夜の若者の心理が、自分もまさにその状況であるだけにすごくシンパシーを感じた。久しぶりにマージャン打ちたくなった。
「北村は頭がいい」と西嶋は言う。目つきは鋭い。「でも、それだけですよ」
『のぼうの城』和田竜
- 作者: 和田竜
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2007/11/28
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世間的には、歴史小説の新境地を拓いた作品という位置づけになっている。と思う。そして、その際の新しさに対応する、既存の古い歴史小説として念頭に置かれているのが、まあ司馬遼太郎だろう。でも、決して司馬作品と『のぼう』は対称にはなっておらず、むしろ司馬遼太郎の系譜の延長線上に位置づけるべきだと思う。ベクトルの向きは同じだ。『のぼう』で注目されたのが、人物を特徴付ける印象的なキャラ造形だが、これはもともと司馬遼太郎の得意技でもある。歴史事実を噛んで含めるように分かりやすく作中で解説するのも同じだ。結局、この人は難解と思われがちな歴史ものを、司馬遼太郎よりもさらに平易になるよう譲歩して間口を広げているに過ぎない。しかし、司馬遼太郎がそもそも歴史初心者寄りで、それでも虚構と事実の間で絶妙にバランスを取っていたのに対して、これは限度を超えてしまっている気がする。たとえば、城主であるのぼうと軍使の長束正家が面会する場面。とんちんかんなことを口走ったのぼうを配下の重臣が襟首をつかんで広間から連れ出す。映像が頭に浮かぶうまい書き方なんだけど、実際こんなことありえない。いくら自由な気風の戦国といえどこれはない。歴史小説である以上、世界観を壊さないよう最低限守るべきラインはあると思う。ヒットしたのもいわば、そのご法度を破った禁じ手だからだ。それだけに、やっぱり評価できない。おもしろいけど。
「武ある者が武なき者を足蹴にし、才ある者が才なき者の鼻面を言いように引き回す。これが人の世か。ならばわしはいやじゃ。わしだけはいやじゃ。」
『鼓笛隊の襲来』三崎亜紀
- 作者: 三崎亜記
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2008/03/20
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う〜ん、何も残らない。ひっかかりがなさすぎる。ところてんみたい。川上弘美や小川洋子の作品にも似たようなテイストのがあるんだけど、あの人たちのは、明確なメッセージが分からなくても読んだ後、心に得体の知れないわだかまりが残っている。三崎亜紀には、どうも彼女たちのような鋭敏な感性(狂気や変態性といってもいい)が欠けていて、そしてそれは作家としては致命的な欠点で、何か打開策を考えないと駄目だと思う。構成で補える長編だといいけど、短編だとそれが如実に現れてしまっている。なんか説明しすぎで理屈くさい。オチのない星新一のショートショートみたいだ。この次が正念場だろう。