『夏への扉』ロバート・A・ハインライン

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

類まれな発明の才を持ち、愛猫ピートと暮らすダンは恋人と同僚に騙され、彼が立ち上げた会社を乗っ取られてしまう。さらに無理やり冷凍睡眠によって30年後の未来送りに。しかし、ひょんなことから過去に帰れることを知ったダンは復讐と大事なものを取り戻すため、再び過去へ舞い戻る。すべての猫好きにおすすめの痛快SF。

SFは現実社会を皮肉ったり、未来に対して警鐘を鳴らすための道具として利用されてきた。だから、どうしても抑圧的な社会や退廃的な世界が描かれたりして暗いイメージが強かったりする。ところが、この『夏への扉』はそういった一群のSFとは一線を画し、底抜けに明るいのが特徴だ。主人公ダンは人生のどん底に叩き落されながら、科学の力を頼りにそこから這い上がっていく。この逆境に負けない活力は読んでいて爽快である。そして、もうひとつ象徴的なのが、科学に対する堅固な信頼である。ダンは、自分の生きている1970年より、文明の発展した未来である2000年のほうが好きだという。そして、2000年よりも2030年のほうがより良い未来に間違いないと考える。現在の価値観で考えるとこれはあまりに楽天的すぎる。もしかしたら執筆当時はまだ科学技術の発達がそのまま人類の幸福に直結すると無邪気に信じられた最後の時代だったのかもしれない。ただ、ところどころに原爆の脅威をちらつかせたりと、どうもハインラインを単純で能天気な科学信奉者とは考えにくい。『夏への扉』の主人公ダンは恋人や同僚を信頼しすぎるあまり、痛い目を見る。それでも懲りずに弁護士夫婦の献身やリッキィの30年越しの愛をかたくなに信じる。科学や人間に散々裏切られてもそれでも信じるということ。楽天的で軟派な印象の裏に硬派で強い意志の力を感じることができるのが、この作品がいまだ絶大な支持を受けている理由なんじゃないかと思う。