『告白』町田康
- 作者: 町田康
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2008/02/01
- メディア: 文庫
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実際に起きた事件「河内十人斬り」に着想を得た町田康による渾身の長編小説。
まるで自分のことを描いているのではないか。そう錯覚するほど、主人公城戸熊太郎には並々ならぬシンパシーを感じた。熊太郎は、自分の頭の中の思考と口から発せられる言葉の不一致に苦しんでいる。廻りの人間は、腹が空いたら、「腹減った」と嘆くし、うれしいと思ったら素直に「うれしいわ」と騒ぐ。思考と言葉が一致している。熊太郎はそうはいかない。例えば、嬉しいことがあっても「本当にこのことを俺は嬉しく感じているのか。それは周りの一般的な価値観に引きづられているだけであって、こういう場面では喜ぶものと相場が決まっているだけであり、実際のところ俺個人の気持ちとしては別に大した感慨も無いのではないか。周りのやつらはなぜそんな無条件に何の疑問も抱かず屈託無く喜ぶことができるのか。」そんな風に思考があちらこちらに拡散し、出てくる言葉も出てこなくなる。言わないから伝わらない。伝わらないから廻りの世界との隔絶を感じる。やる気をなくす。熊太郎はこのような負のスパイラルに落ち込んでいき、最終的に十人斬りに繋がっていくのであるが、このような感覚を真っ向から否定できる人間は果たしているだろうか。誰しもが、心の奥底で似たような感覚を抱き、孤独を感じているのではないか。町田康が今作で描き出した城戸熊太郎の葛藤は、現代人の抱える病理そのものである。そして、思考と言語の齟齬に悩む現代人の代表的一典型が作家であり、このタイトル『告白』は、そのものずばり町田康自身の告白を意味しているのだと思う。
途中、読んでいて泣きそうになったり、息苦しくさせたり、爆笑させたり、800ページを超える分量でありながら、まったく退屈しなかった。現代の作家で、これほどの質の長編を物にできる作家は限られてくるだろう。この作品は町田文学ひいては日本文学のひとつの到達点であると思う。ほんとにこう言っても過言ではないぐらいの出来で読んで損はしないです。傑作。