『幽霊たち』ポール・オースター

幽霊たち (新潮文庫)

幽霊たち (新潮文庫)

市立探偵ブルーは、ホワイトからの依頼により真向かいの部屋のブラックを監視し続ける。しかし、大した動きもなく繰り返されていく日常。焦燥に駆られたブルーは事態の打開のためにブラックとの接触を試みるが…。

何も起きない探偵小説。ページ数が少ないのですぐに読めるが、非常に多義的でどう解釈すればいいのやら。カフカの短編で顔の見えない隣に引っ越してきた隣人を、勝手に同業者だと思い込み、盗聴されているのではと疑心暗鬼に囚われて少しずつ精神に支障を来していく話があったと思うのだけど(タイトルは忘れた)、作品の肌触りはとてもよく似ている。カフカといえば個性を薄められた匿名性の強い人物造形だが、オースターもまた色の名前をそれぞれの主要登場人物に振り分けることで記号化し、人物の厚みを喪失させ、抽象性を高めている。そのことで、読者は鏡を覗き込むようにブルーの中に自分の姿を見出すことになる。自分が自分であることの不安感。自分が何者でもないような気のする浮遊感。人は他人との関係性でしか規定しえず、一人では自らの存在を証明し得ない。群衆の中で個性を喪失し、抽象的になっていく現代に生きるまさに幽霊たちとしか言いようのない人々の姿をオースターは都会的な感覚で鋭く描いて見せている。