『マルドゥック・スクランブル』冲方丁

ヘタウマな文体と違って、こういうハードボイルドでおしゃれな文体は書き手の筆力が少しでも足りないと途端に恥ずかしくなる。その高いハードルを軽々と飛び越して三巻にも渡る大長編に纏め上げた手腕は本物だと思った。特にギャンブルのシーンは、派手な動きがあるわけでもないし、おまけに自分はルールに通じていないので場面ごとの正確な状況を把握できていないにもかかわらず、その戦いの熱量と緊迫感が圧倒的迫力を持って伝わってきた。個々の設定やガジェット自体はそんなに目新しさもなくてどこか既視感を感じるものばかりだけど、それらが有機的に結合し繋ぎ目の見えない完璧無比の世界観を作り上げているのが冲方丁のすごいところ。脱帽です。

ところで、あとがき読む限り作品を脱稿してから出版にこぎつけるまでに紆余曲折があったようだ。出版社が渋った理由は、ラノベで出すにはハードすぎるし、一般書で出すにはコアすぎるしといったところだろう。10ページも読めば明らかに才能あるのが分かるのに、ジャンルが理由でたらい回しにされたあげく、結局はSF専門のハヤカワに落ち着くしかなかったその顛末に今の出版業界の限界を感じる。