『切羽へ』井上荒野

切羽へ

切羽へ

第139回直木賞受賞作。

主人公の人妻セイは養護の先生をしながら離島で暮らしている。愛する夫を持ち、島でそれなりに満足した生活を送ってきたセイ。しかし、島に新しく赴任してきた先生の石和に最初は嫌悪を感じながらも次第に心が惹かれていく。

簡単に言うと不倫のお話。ただ面白いのは、セイと石和の間に肉体関係はないどころか会話すらまともに無い。石和がセイをどのように思っているのかもいまいち判然としない。あるのはセイの心が揺れた、それだけである。これだけ聞くと到底不倫とは呼べないという人も多いと思うが、文章から伝わってくる禁忌を犯しているという背徳感が凄いのである。だんだん読んでいるこっちも悪いことしているような気になってくる。

「切羽」とはトンネル工事などでそれ以上先へは進めない場所。セイは大人の分別で決してその先へは進まない。ぎりぎり引き返せる地点である切羽での恋愛に自らの心をとどめる。切羽の先へ行ってしまう恋愛作家が多い中で、絶妙のラインの恋愛を描いて見せた井上さんは大人な人だと思った。地味だけど意外と侮れない良作である。