『薬指の標本』小川洋子

薬指の標本

薬指の標本

自らの美意識(フェティシズムと言い換えてもいい)を抽出し、小説として結晶化させる。この頃の小川洋子は一貫してその作業を繰り返している。根本的に書こうとしていることは変わらない。ある液体があって、多種多様なコップやグラスに注ぐことでその液体が一番映える器を探しているのがこの当時の小川洋子であった。どの作品も根底にあるものが同一である以上、小川作品を評価する場合、テーマや込められたメッセージの優劣を云々することはあまり意味がない。いかに感性が高純度に結晶化されているかがこの頃の彼女の作品の良し悪しを決める規準であると思う。

その点でみれば、この作品はその試みが高次元で達成されている。標本製作という仕事のミステリアスさと標本師と主人公のわたししかいない密室空間。この設定が功を奏し、小川洋子の感性とぴったりマッチして静謐で透明感がありどこか喪失感の漂う世界観が読み手にダイレクトに伝わってくる。

考えるんじゃない、感じるんだといった趣の作品から、今の小川洋子はその感性を下敷きにしながら次第に物語の創造のほうへシフトしつつある。『薬指の標本』は己の感性に依存し、物語性を獲得する前の彼女のひとつの到達点と捉えることができるだろう。