『きらきらひかる』江國香織

きらきらひかる (新潮文庫)

きらきらひかる (新潮文庫)

アル中で情緒不安定なところのある笑子とホモの睦月の織り成すちょっと変わった結婚生活のお話。

笑子は急に哀しくなって泣き出したり、どうしようもなく腹が立って取り乱して物を投げたりする。その何がきっかけでスイッチが入るか分からない感じがすごい生々しかった。それに対して夫の睦月がどうしていいかわからずオロオロしたり、なんとか必死にフォローしようとするのもリアリティーがあって情景が目に浮かぶ。設定自体は突飛なのだけど、二人の関係のあり方はわりと普遍的だと思った。あとがきで「ごく基本的な恋愛小説を書こうと思いました。」と江國さんは言っているのも分かる気がする。もう十年以上も前の作品なのに今読んでも全然古びてないのはだからなんだろう。

あとおもしろいのは、江國さんにとって恋愛とは反社会的行為なんだよね。当事者二人にとってはかけがえのない関係であっても、それを貫こうとすると世間と利害関係がぶつかってしまう。笑子の父は同性愛者のことをおとこおんなとあからさまに差別的な呼称で呼ぶ。アル中も同性愛も神経症も型に囚われず新鮮な視点で描けているのに、差別=世間だけは非常に紋切形の描き方をする。それは、笑子の両親に代表される世間が同性愛を差別するのと同じで実は江國さんも世間を差別してしまっていることを示している。両親も笑子のことを理解しようとしないけど、笑子も両親のことを分かろうとしていない。この作品に嫌悪感や違和感を抱いてしまう人がいるとしたらその笑子の独善的なところが理由だろう。でも反対にこの作品が好きな人も世間なんか気にせず、自分達の世界を構築しようとする笑子のどうしても大人に成りきれないある種の稚気に惹かれたのだと思う。

これを書いたときは江國さんは20代の終わりだったわけで、まだ若さを保ちながらも大人の分別が備わってくる過渡期だからこそ書けたんだろうなという気はする。実は薄々こういったやり方に不安を感じていることも読めばわかるのだけど、それだけに破綻を予感させながらも淡い希望を感じさせてくれるラストシーンはじーんときた。