『夏期限定トロピカルパフェ事件』米澤穂信

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

続けて小市民シリーズ第二弾。

このシリーズを表す重要なキーワードが二つある。互恵関係と小市民。メインキャラの二人、小鳩くんと小山内さんは世間に波風を立てずに日々をつつましく生きる小市民であろうとしている。そして二人はその目標に邁進するため恋愛関係でも依存関係でもない互恵関係を結んでいるのだ。この設定が発明といっていいほど利いていて、物語をおもしろくさせている。古典部シリーズの折木や『犬はどこだ』の紺屋と謎を解くことに消極的だったり、無気力であったりするのが元々、米澤的主人公の特徴で、その性向を「小市民」と明確に定義付けたのは良かったと思う。どうも米澤作品の冷笑主義的で斜に構えたところが好きになれなかったのだけど、このシリーズでは小市民という目標に向かって行動していくという一応の行動原理がはっきりしているので読んでいてあまりイライラしない。無理に推理しないのではなく、あえて推理しない。そこには意志が介在している。そして、小鳩くんが推理を行なうときもまた小市民の枠を逸脱してあえて推理するのである。「小市民」という目標のおかげで、自覚的で主体性のある人物を創造できたことは貴重な収穫であったと思う。そして、互恵関係も同じことがいえる。米澤作品の男女ってそこまで仲のよい友達でもないし恋人でもないことが多い。じゃあ、あんたあの子の何なのさ?という感じでどうも煮え切らなかったのだけど、今作は互恵関係としっかりありかたを提示したので、二人の心情や行動心理が理解しやすくなっている。そして、互恵関係が依存関係や恋愛関係に発展する含みも持たせていて、物語に緊張感を与えるのに一役買っている。

ルールのない世の中はかえって不自由でつまらない。ルールを設けたことで米澤穂信は足りないものを補完することに成功した。ルールが破られたことで物語は早くもターニングポイントに入っているが、今後いかに収拾させていくのか。続きがとても気になります。