『虐殺器官』伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

これは凄かった。赴任した土地で大量虐殺を引き起こす謎の男ジョン・ポールを追って、アメリカ情報軍所属のクラヴィス大尉が世界を駆け回る近未来軍事諜報SF。

物語の舞台はセキリティー強化のため、どこへ行くにも認証が必要とされ、一人の人間がいつどこで何を買い、誰といたかすべてが特定される情報化が極限まで推し進められた超管理社会である。人々はIDを与えられ、個人情報はそこから読み取ることができる。そして、この社会では、戦争は一部民間に代行され、兵士達は痛みを感じなくなる施術(痛みを痛みとして知覚することはできる)と人を殺すことに対する心理的負担を軽減させるカウンセリングを受けさせられる。このような社会の中、クラヴィスは任務を遂行していくにつれ、自己の存在と認識について疑問を抱いていくことになる。そして、この作品の肝となるのが、言葉によって人々の深層心理に働きかけ、殺戮に駆り立てることができる「虐殺の文法」の存在だ。ここでは言葉を進化の過程で編み出された脳や腎臓などと同じ器官として捉え、人間の思考は言葉によって規定されるという実に興味深い言語観が披瀝されている。

硬質な文体と情報量の多さ。そして「ことば」と「実存」の問題に強い関心を示し、掘り下げていくさまはあの神林長平に通じるものがある。その思索するSFともいうべき伊藤計劃のスタイルからは、既存のSFの枠をぶち破ってくれる実力と可能性が感じられた。今後どういった作品を提供してくれるのか非常に楽しみな作家である。