『わたしたちに許された特別な時間の終わり』岡田利規

わたしたちに許された特別な時間の終わり

わたしたちに許された特別な時間の終わり

第二回大江健三郎賞受賞作。

冒頭は神の視点である三人称で始まり、ふと気づくと僕という一人称に語り手は移行しており、さらに女性が一人称私で思考し始める。このカメラを動かすように視点が錯綜するさまがなんとも演劇的で、演劇の手法を小説の中に融和させようという作者の意気込みが強く感じられた。男と女がラブホテルで快楽に興じている最中にイラクでは戦争が進行していく。この構造は奇しくも同じ演劇畑出身前田司郎の『恋愛の解体と北区の滅亡』に通じるものがある(あちらはSMクラブと宇宙人の侵攻)。戦争をリアルなものとして認識できず(作中の女にはサッカーの勝敗感覚で捉えられている)、社会と個が切り離されていく現代。しかし、個は社会から離れたところで個性を得るわけではなく、なんだかぬらぬらと他人との境界線があいまいに溶け合っている。この小説が男や女が誰に入れ替わっても問題なく成立してしまうところにその現代の不気味さが現れている。そして、人々は無関心でありながらも、不感症ではいられない。真綿で締め付けられるように少しずつ社会に押しつぶされていく。酸素の濃度がだんだん薄くなっていくかのような息苦しさの中に人々は置かれている。現代の病理を鋭く切り取ってみせた良作である。