『カンバセイション・ピース』保坂和志

カンバセイション・ピース (新潮文庫)

カンバセイション・ピース (新潮文庫)

心地よいだらだら。読み終えるのがおしくて、なんだかいつまでも浸っていたい気分だった。

「あなたって、ホントに曖昧なことを曖昧なままにしておくわよね」これは、主人公である中年の小説家に彼の妻が言い放った一言だ。まさに、保坂さんの小説家としてのスタンスをすばり言い当てている。似たようなことを古井由吉のレビューを書いたときに言及したけど、古井さんの曖昧が意志であるとするなら、保坂さんの曖昧は性向なのだと思った。だから、曖昧であることに無理が感じられず心地よくなじむ。

また、読んでいていいなと思ったのは、保坂さんの他者を排除しないところ。やたらと思索に耽って回りくどい語り口を用いる保坂和志の分身たる主人公に対して周囲の人間は煙たがったり、相手にしなかったりする。即物的でとんちんかんな発言ばかりする森中など主人公の間逆の人間だ。そういう人間を遠ざけずに受け入れながら美しい調和を保った世界を作り上げているのは本当にすばらしいと思う。

そしてもうひとつ個人的に感銘を受けたのが野球パートの部分。保坂さんは大の横浜ベイスターズファンであるのだが、かくいう僕も横浜ファンだ。しかも小説内で描かれる横浜が、ちょうど僕が一番横浜の熱狂的なファンであったころの2000年であり、当時を思い出してなんともいえない感傷的な気分にさせられた。保坂さんの横浜愛は筋金入りで、ファンゆえの愛憎半ばする感情は横浜ファンの自分としては痛いほど頷ける。特にローズの引退のくだりはちょっと不覚にもうるっきた。もうこれ横浜ファンなら分かっていただけるはず。あと保坂さん、野球パートのとこだけ、別人のように断定的で熱のこもった描写になっているのがおもしろい。

とりとめもなく感想を書いてみたけど、全体を通して非常に良い小説だった。ただ、この作為を希薄にし小説の境界を曖昧にすることで保坂さんが辿り着こうとしている境地は、突き詰めていくと必ずしも小説という方法に限定されるものではなくて日常を生きることでも実践できる。そこらへんに、この作品以後、小説でなく、小説論のほうへ仕事をシフトしている理由があるのかもしれない。